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プロフィール

平成4年3月 筑波大学医学專門学群 卒業
平成4年4月 北海道大学医学部小児科入局
平成4年5月 北海道大学医学部付属病院 小児科勤務
平成8年11月 北海道勤労者医療協会入職 内科・皮膚科勤務
平成22年4月 社会医療法人北斗 北斗病院健診センター内科勤務
加入学会: 日本内科学会、日本糖尿病学会 所属

院長ごあいさつ

子どもの頃の私

私には、物心ついたときから、アトピー性皮膚炎の症状がありました。

周囲の友達はみんなきれいな肌で、それをとてもうらやましく思っていました。

どうして自分だけこんなにつらいかゆみが起こるのか、そればかり考えている子どもで、片方の眉毛がなくなるほど引っ掻いてしまうこともありました。

母親が東京の大学病院へ連れていってくれ、今も肘の内側にその時の太い注射の跡が残っています。頑張った後には、大学病院の地下の売店でお菓子を買ってくれたことを覚えています。

母親からは、「野菜をちゃんと食べないから、湿疹が治らないんだ」とよく言われていました。 今考えると、アトピー性皮膚炎の子どもにはあまり良くない環境でした。 気管支喘息の体質もありましたが、父親はヘビースモーカーでしたし、小鳥も飼っていました。 幸い、食物アレルギーの症状はありませんでした。

40年ほど前、アトピー性皮膚炎は子どもの時の病気で、大人になれば治ると考えられていたと思います。 「大人になれば、このつらいかゆみから解放される、きれいな肌になれる。。。」そう信じていました。

大学生の頃の私

自分が幼いころからアトピー性皮膚炎という治らない病気を持っていたので、 「自分が医師になって、患者さんを笑顔にしたい」 そう思って医学部に進みました。

本州の大学に進学し、そこでは、入学したらまず最初は学生寮に入らなければならないというルールがありました。 学生寮の個室にはもちろんクーラーなどありません。

夏は大変でした。頭や顔がほてって、尋常でないかゆみが襲ってきました。 夜は眠れませんでした。

何度も何度もつぶやきました。 「このつらい症状、何とか助けてくれ」と。

それでも、学生時代の肌荒れの程度はまだ良かったのです。これから先、医師の過酷なストレスから、肌荒れはもっともっとひどくなったのです。

研修医の頃の私

私は、小児科医になりました。 子どものいる風景が好きだったのと、自分の子どもの頃から病気があったことが影響したようです。

   

最後の最後まで外科医になりたかったのですが、自分にアトピー性皮膚炎という体質があることも一つの要因となり、諦めました。 手術にあたるストレスや、手術の時間にかゆみが襲ってきたらどうしようなど、不安はつきませんでした。

小児科医の研修は、想像よりも厳しいものでした。 小さな未熟児が生まれたり、重症な患者さんが入院すれば、 自宅には帰れません。徹夜になり、柱にもたれてうたた寝することもありました。

肌荒れはどんどんひどくなり、慢性的な疲労も蓄積してきました。 抗アレルギー薬の服用も試みましたが、全く効果を感じませんでした。

そんな時、漢方医学に出会いました。 “気虚”という病態が自分自身の症状がぴったり当てはまりました。 気虚の病態では、身体がだるい、気力がない、 日中の眠気がある、風邪をひきやすい、下痢しやすいなどの症状が起こります。漢方医学が自分自身を救ってくれる。。。、そう思いました。

自分の体質を、自分自身が信じられなくなった時でしたので、少々オーバーですが、漢方の考え方はなりたい自分になれるように導いてくれるような印象を持ちました。

皮膚科を受診すると、担当医からよく怒られました。「きちんと軟膏を塗らないから、湿疹が良くならないんだ」と言われました。 しかし、アトピー性皮膚炎でない担当医にはわからないのです。 ステロイド外用薬を塗ると、確かに一時しのぎはできますが、かえってかゆみが増すこともあるのです。

皮膚科の先生は外用薬をきちんと塗るように繰り返して言いますが、アトピー性皮膚炎の患者さんは、外用薬を塗りたくて皮膚科にかかるのではありません。 普通の人と同じように、外用薬をそれほどこまめに塗らなくてもきれいな肌でいられることを希望して皮膚科を受診するんだと思います。

医療機関を受診すると、患者さんという特別な存在にさせられてしまうのです。 医師は「患者さんを特別な存在にしない」というところをもっと大切にすべきだと、 私の経験から強く思います。

漢方医学は、病気でつらくなっている人の体質を普通にしてくれる可能性のあるものだと思っています。